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土耳古語の「外人」という言葉は、yabancıと申します。yabanは面白いことに、野蛮(同じ!)、野生という意味がござる。cıはここでは人という意味になり申す。あまりいい感じはしない言葉ですな。しかし興味深いことに、このyabancıは外国人という意味だけでなく、見知らぬ人にも使われるのでござる。同じ土耳古人同士であっても見知らない者であればyabancıになる。逆に、もし知り合って親しくなれば、外国人であっても「Sen yabancı değilsin(君は私達にとって外人じゃないよ)」と言われたりも。以前は、友人の土耳古人にこう言われて意味がよく掴めなかったものでござる。日本語では「外人」とは外国人のことで、同じ日本人には絶対に使われない言葉でありまする。英語でもstrangerが見知らぬ人、foreignerが外国人と、ちゃんと違う言葉がありまする。しかし土耳古語はひっくるめてyabancı。このことがずっと頭の片隅に引っかかっていたのでござるが、最近になってようやくその背景が分かってきたように思えまする。

土耳古ではとにかく、信用、信頼という言葉が存在しないかのように思えることがござりまする。人を騙すのは当たり前、外国人を騙すのは当然として、同じ土耳古人であっても隙あらば騙す、ふんだくる。騙されて一人前になる、という表現もよく使われまする。また信頼が根底にないので、失業率が高い土耳古において仕事にありつけるのは、人づて、人脈がある者。全く見知らぬ者を雇うリスクを負うよりは知っている者を雇う。そういう考えが当然のように存在するのでござる。たとえば、某(それがし)がインターネットで日本における仕事をしていることを知った土耳古人から、お金はどのように受け取っているのかと何度か聞かれたことがあり申す。「普通に銀行口座に振り込んで頂く」と申すと、不思議そうな顔をするのでござる。ちゃんと正直に振り込まれるのが不思議に思えるらしいのです。土耳古であれば、信用できない者が多いからでしょうな。また、日本では電車の中で財布を落としても高確率で無事に手元に戻ってくるという話しをすると大変驚く者が多い。「土耳古であればありえない」と言うのでござる。まあ、これは土耳古に限らず他の国でもそうかも知れぬが、土耳古はかなりのレベルでござる。

さらに、土耳古内でも地域ごと、民族ごと、宗教ごとに差別や偏見が生じることも付け加えましょう。例えばイズミルを取れば、一街区カルシュヤカの住人はイズミルの他の地域の住人よりも自分たちを上に見る向きがござる。民族ではアルメニア人やユダヤ人、クルド人その他少数民族は悪口、侮蔑の対象になる、宗教ではイスラム教以外を信仰する者はgavur(異端、アラーを崇拝しない野蛮人、クリスチャン)と言って見下す対象になる、さらに同じイスラム教であってもアレヴィー派の者はイスラムの異端とされ忌み嫌われ、彼らとは子供を結婚させないなど、あらゆる差別が生じる事実がござりまする。イズミルの一区カルシュヤカで某の近くに住む親しくしている中年夫婦がおります。彼らはヘムシン人(グルジア国境に近い地域に住む少数民族)でござるが、ある土耳古人が彼の出自を知って「あなた達がここカルシュヤカにたくさんやって来たのでカルシュヤカが穢れてしまった!」と言い放ったそうな。少数民族出自とはいえ同じトルコ共和国の住民。しかしやはり差別感情は根強いのでござる。

こう見てくると、土耳古国内でも互いをyabancı扱いする意味が分かるようには思えませぬか?表面的には普通に接してはいても、心の中では信用していなかったり、見下していたりする場合がとても多いのでござる。その反面、一度親しくなるととても親切で熱い人が多いというのも事実。なにか土耳古はまとまりがなく分裂しているように思えるものでござるが、一方国粋主義も強く土耳古人として自尊心、自負心を持っているという一面もありまする。

知れば知るほど訳がわからなくなる国、それが土耳古でござります。
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「土耳古には多くの少数民族異言語が存在しておりまする」。 ・・・・と、ただこの一言を言うだけで牢獄行きという事態が信じられましょうか。こんな冗談みたいな真実が土耳古では長いこと続いておったのでござりまする。公の場で少数言語を話すと官憲がしょっ引いて行き裁判にかけられるという事態は稀ではござりませんでした。

元来土耳古の国是では土耳古語以外の言語はこの地に存在しないということが大前提になっており申した。地方の少数民族の住む村々で育った土耳古語を知らない小童たちが学校に通いだすと、いきなり土耳古語で授業が始まるのでござる。そして土耳古独特の学校朝礼。土耳古人であることの誇りを持たせる詩を毎朝唱和するのでござる。土耳古人ではなく土耳古語も話せない小童たちが四苦八苦しながら「我は土耳古人!幸せなるかな!」と毎朝声高に謡わねばならぬのでござる。自分の民族への自尊心が育たないように、引いては土耳古政府に対して反抗する勢力に育たないようにという政策でござりまする。これは未だに続いておりまする。

無論、このような少数民族への圧力とも取れる政策も一概に批判することはできませぬ。この数々の民族を抱えた土耳古共和国、国民皆に土耳古人であるという認識を植え付けることによって国をまとめ、瓦解を防いでおるのでござる。もし全ての民族に独自の言語や文化の発展を許したならば、それぞれが独立したがる可能性が生じ得ましょう。実際隣の小国グルジアでは、もともと小さな国であるにも関わらず、地方の少数民族が独立を掲げ政府と戦い、結果国がさらに縮小するという憂き目に遭うてござります。ここではそれは絶対に許さん!という強い意志が土耳古には感じられますな。

とはいえ、少数民族の立場からすれば、昔から自分たちが話しておった独自の言語を禁止され、自分は土耳古人であると強制的に言わされる状態は納得いくものではありませぬ。独立の意思など全くない民族もござりまする。ただ少数派に属するというだけで数々の制約が課され、厳しく監視される。少数民族に生まれた悲哀という他ありませんな。
ついここ数年、ようやく土耳古政府が少数民族に対する政策の緩和を打ち出し申した。これから少しでも彼らが心穏やかに過ごせることを願ってやまぬものでござりまする。

この記事に関して参考にさせて頂いたのは、かの高名な言語学者小島剛一殿の著書、「漂流するトルコ」でござる。この御仁は以前にも「トルコのもう一つの顔」と題する書を出版しており、土耳古の少数民族、そして数々の少数言語に関しては世界一知識が深いと言えまする。なぜなら、約四十年もの間土耳古で実地調査を繰り返し、土耳古政府による監視や時には牢獄に放り込まれたりしながらも決して意思を変えず一貫して「土耳古には幾多の少数民族が存在し、それぞれに独特の言語がある」と主張し続けたのでござる。これまで命を狙われ落命してもおかしくない状況で、己の意地を通し続けたという点でまさにサムライ我が師匠と仰ぎたいくらいにござりまする。
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世界では日本のようにほぼ単一民族という国はかえって珍しいということは周知の事実でござる。しかし、土耳古が多彩な民族を抱える他民族国家であることは意外と知られていないのではあるまいか。土耳古人と聞くと中東アラブ系の濃い顔を思い浮かべる方々も多かろうと思いまする。ところがどっこい、土耳古に来てみるといかに他民族国家なのかが分かるのでござる。金髪碧眼の土耳古人もおれば、日本人にも似たタタール系の土耳古人もおる。元々中央アジアからやって来たテュルク系(突厥とも言われる)民族から土耳古という名前が発生したのでござるが、現在の土耳古人に中央アジア系はあまりおりませぬ。その理由に至れば、悠久の歴史が関係しておりまする。現在の土耳古共和国の前身はオスマン帝国でござる。オスマン帝国の統治時代十三世紀から二十世紀初頭までの間、あらゆる地方・国へ進出併合を繰り返した結果、様々な民族が混ざり合う複合国家になったのでござる。具体的に挙げると、テュルク系、ギリシャ系、ルーマニア系、スラブ系、カフカス(コーカサス)系、アラブ系、クルド系、アルメニア系が混ざっているということでござる。もちろん土耳古人とあまり交わらなかった民族もありまするし、混ざってもその濃淡があったり、さらに比較的に最近土耳古に編入した民族もおりまするので、それが文化や外見の違いをもたらすわけでござる。
つまり、現在自らを土耳古人と名乗る者の先祖が元来のテュルク系である可能性は低く、もしテュルク系が入っていたとしてもその血は相当薄れていると考えられますな。例えば、一日本人が金髪碧眼の南蛮人との間に子を設けると、その子には日本人の特徴が半分は現れるでござろう。ゆえに金髪碧眼になる可能性は非常に少ないのでござるが、その子がまた金髪碧眼の者と結婚しまた子を設けると、今度は日本人の特徴がかなり薄まって、金髪碧眼になる可能性が高まる算段となり申す。たったの二世代経ただけで日本人の遺伝子がかなり薄まるのであれば、何百年と混血を繰り返した土耳古人が最初の先祖の遺伝的要素をほとんど失くしたとしても全く不思議はござらん。
現代土耳古でたまに見かける中央アジア的な外見を持つタタール系土耳古人(一昔前のサッカー土耳古代表イルハン・マンスズもこれ)は、旧ソビエト連邦の一部に住んでおったテュルク系タタール人がオスマン帝国に集団移動してきたものでござる。つまり元々土耳古に侵入してきたテュルク系民族とは近い関係にあると言え申そう。もちろんこのタタール人もロシア人と混血していたりするので、一概には言えぬのでござるが。
こう見てくると、人類の歴史は混血の繰り返しでござるな。大陸が続いていると混血は防ぎようのないことでござろう。日本は島国であり、他民族との接触が非常に少なかったゆえにほとんど民族の混血が見られない特殊な国と言えましょうな。ただしそれは中近世での話であり、古代では縄文人と弥生人の混血が生じたというのはご存知でござりましょう。

長々と書き連ね申したが結論としては、「土耳古人とは何者か。それは遺伝的要素ではなく、土耳古の地で生まれ土耳古語を話す者である」となり申す。かのアタテュルクが申すには、「Ne Mutlu Türküm Diyene!(幸いなるかな己を土耳古人と言う者は)」。注目すべきは、土耳古人ではなく土耳古人と言う者、の所でござる。遺伝的には土耳古人ではなくギリシャ人やアルメニア人、クルド人であっても、「儂は土耳古人じゃあ!」と主張すれば土耳古人であるということになる訳でござる。

次回は、土耳古に住んでおる少数民族の苦悩について少々語りましょうかな。では御免。